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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2291号 判決

原告

谷口昇華

被告

渡部誠

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金三五八万七一六四円及びこれに対する平成元年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、各自原告に対し、金二二五七万六四七九円及びこれに対する平成元年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、幅員が三メートル未満の道路において、当時三歳の少女が普通乗用車の右後輪で左足を轢かれ、傷害を受けたことから、同女がその人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成元年八月八日午前六時三五分ころ

事故の場所 東京都町田市鶴間五七〇番地先路上

加害者 被告渡部さぎり(以下「被告さぎり」という。加害車両を運転)

加害車両 普通乗用自動車(多摩三三て四〇三〇)

被害者 原告

事故の態様 前記道路の加害車両の右側には桑の垣根があり、同垣根の切れ目から路上に出た原告が、加害車両の右側後輪で左足を轢かれたことは争いがないが、その態様については争いがある。

2  責任原因

被告さぎりが本件事故時において加害車両を運転しており、また、被告渡部誠(以下「被告誠」という。)は、加害車両の保有者である。

3  損害の填補(一部)

原告は、自賠責保険から三六万五四九六円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  本件事故の態様及び免責の可否

(一) 原告

原告はその兄弟と桑の葉を集めていたところ、被告さぎりは、道路前方右側で子供らがいることに気がつき減速して加害車両を運転し、原告の姉谷口揚棄(以下「揚棄」という。)の脇を通過しようとしたときに、原告の動きに対する充分な注意を怠つたため、桑の葉を抱えて垣根の切れ目から道路に出た原告に気がつかず、加害車両の右前輪付近を原告に接触させ、これにより転倒し、その左足が加害車両の車体の下に入つた原告の左足首を右後輪で轢いた。

また、被告さぎりが加害車両を右後輪の後部が原告の左足首の上に乗つた位置で停車させた後、被告誠は助手席から下りて後部に回り、原告の状態を確認することなく被告さぎりに「バツクオーライ」と声をかけたことから、被告さぎりは、漫然と加害車両を後進させたため、再度原告の左足首を轢いた。

(二) 被告ら

被告さぎりは、原告の兄弟三人が本件道路(幅員二・三メートル)の右側前方にいるのを認めて時速約五キロメートルまで減速し、かつ、道路左にある桑の垣根に触れるほど左側に寄つて加害車両を走行していたところ、原告が桑の木の間から飛び出したか、又は転倒することにより加害車両に急接近した結果、本件事故が生じた。被告さぎりは、運転席部分が通過した後に横から自車の後部に衝突する者まで予測して運転することは不可能であり、免責を主張する。

なお、被告さぎりは、揚棄が「轢いた、轢いた」と声を上げたため加害車両を停車させ、被告誠が助手席から下りて原告を抱き上げたのであつて、加害車両を後進させたことは否認する。

2  損害額

原告は、本件事故により次の損害を受けたと主張する。

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 一三万九七九〇円

〈2〉 通院付添費 三〇万一三一一円

〈3〉 通院付添交通費 一万九九六〇円

(2) 逸失利益 七五七万〇五六七円

原告は、本件事故のため、下肢の露出面に著しく醜い瘢痕(一二級一四号相当)を残し、同瘢痕部分は、温度差に敏感で暑さ寒さにピリピリ痛み一二級相当の感覚異常も残し、これを併合して一一級の後遺障害を残し、このため、労働能力が二〇パーセント喪失した。そこで、平成元年度賃金センサス産業計全労働者の賃金四一二万五二〇〇円を基準に、ライプニツツ方式により算定した。

(3) 慰謝料 四〇五万〇〇〇〇円

入通院(傷害)慰謝料として六五万円、右後遺症の慰謝料として三四〇万円が相当である。

(4) 将来治療費関係

原告が一二歳に達した段階で皮膚移植を実施する必要がある。年五パーセントの物価上昇を見込むと、これに要する費用は次のとおりである。

〈1〉 治療費 六〇九万八〇六六円

〈2〉 入院雑費 六万七五三六円

〈3〉 付添看護費 一一〇万〇一四五円

〈4〉 入通院慰謝料 一五九万四六〇〇円

(5) 弁護士費用 二〇〇万〇〇〇〇円

これに対し、被告らは、原告の後遺障害の程度では、原告主張の損害は過大であるとしてこれを争う。

3  過失相殺

被告らは、本件事故の態様が前示被告ら主張のとおりであるとして、大幅な過失相殺を主張する。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様及び免責の可否

1  甲一一、一四、一七ないし二〇、乙一(一部)、証人谷口揚棄(一部)、原告法定代理人谷口昇本人、被告渡部さぎり本人によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故のあつた道路は、幅員二・八メートルの道路であるが、道路の両側に桑の垣根が存在し、本件事故当時は桑の木が生い茂つて道路部分にはみ出し、実際に通行可能の部分は中央部の約二・三メートル程度であつた。また、桑の葉は、幹の間に隙間はあるが、それ以外の部分は壁のように隙間もなく生えていた。

(2) 原告(当時三歳、身長八〇センチメートル)とその兄弟は、飼育していた山羊の餌のため桑の葉を摘むのを日課としており、本件事故当日も右垣根でこれを摘んでいた。被告さぎりは、加害車両を運転し、金森方面から町田駅方面に向かつて本件道路を進行していたところ、道路前方右側で原告以外の兄弟三人がいるのを認めて時速約五キロメートルまで減速し、かつ、道路左にある桑の垣根に触れるほど左側に寄つて加害車両を走行させ、前方数メートル先にいる子どもらに注意しながら、垣根の切れ目を運転席が通過するまで進行していた。

(3) 原告の姉揚棄は加害車両が近づいてきたので他の兄弟に注意したが、原告は、垣根の裏から垣根の切れ目を通つて本件道路に数十センチメートルほど進行した。そして、加害車両の運転席窓の下の部分に軽く触れ、その弾みで転倒したことから、その左足の関節部をその外側部分から加害車両の右側後輪で轢かれた。

(4) 被告さぎりは、原告の存在及び原告の左足首を轢いたことを認識していなかつたが、揚棄が「轢いた。轢いた。」と大声で言つたため、加害車両を停車させた。その後、加害車両の助手席から被告誠が下車し、原告の様子を見るため、加害車両の後部に向かつた。

以上の事実が認められる。乙一うち右認定に反する部分は、被告さぎりの本人尋問の結果に照らし、また、揚棄の証言のうち右認定に反する部分は、原告自身が準備書面等で否定していることから、いずれも採用しない。

2  原告は、さらに、被告さぎりが加害車両を後進させたと主張し、揚棄は、証人として「加害車両が停車した後に原告を引つ張り出そうとしたところ、原告の左足は車輪の中心から外れていたが、なお後輪の下に足があつて動けない状態であつた。加害車両の助手席から下車した被告誠は、原告の足が轢かれているのを一瞥して、バツク、バツクと声をかけた。被告さぎりは、加害車両を後進させ、再度原告の足を轢いた。このため、原告は大きな悲鳴を上げた。」との供述をし、同人の陳述書(甲一七)もこれに沿う。これに対し、被告さぎりは、本人尋問において、「轢いた、轢いた、との声を聞いて加害車両を完全停止させ、被告誠が原告のところに行つたとき、原告は後輪の後ろ側に一寸挟まる恰好でいたので同被告が原告を抱き抱えた。後進はしていない。」と供述する。

そこで検討すると、揚棄は、当時八歳であり、事故の細部の状況につきどの程度正確に認識したのか疑問の生じるところではあるが、〈1〉右供述は、具体的であり、また、妹である原告を助け出そうとする等、姉の行動として真実味があり虚構とは思えないこと、〈2〉原告の傷害は、左足首の内側部分の皮膚がめくれたものであつて、足首の内側部分は地面に対してほぼ垂直の位置をとることから、車輪の後ろに足が挟まれた状態で車輪が後進したことにより車重が同箇所に集中して生じた可能性が高いこと、〈3〉被告さぎりは、平成五年五月二七日に東横調査事務所から調査を受けたときに、原告の左足を轢いた地点から後輪が少なくとも四メートル以上進行したときに加害車両を停車させたと供述する(乙一。乙一の×点から〈3〉点までは八・六メートルあり、〈3〉点が加害車両先端とし、同車の先端から後輪までの距離が四メートルと仮定しても、なお、轢過後に四・六メートル進行していることとなる。)など、停車位置の供述に著しい変遷があり、同被告の供述はにわかに採用しがたいこと、を総合すると、揚棄の供述どおり、被告さぎりは加害車両を後進させたものと認めるのが相当である。

3  右認定の各事実に基づき、本件事故の原因を検討すると、被告さぎりは、本件道路前方で原告以外の兄弟がいるのを認めて最徐行し、かつ、その動静に注意しながら加害車両を走行させたのであるが、垣根の切れ目から原告が本件道路に進行して、加害車両の運転席窓の下の部分に軽く触れたのである。そして桑の葉が生い茂つていたことや原告の当時の身長を考慮すると、同被告が原告の存在に気がつかなかつたのはもつともであり、自車進行中に運転席の真横の垣根の切れ目から幼児が進行して自車に触れることを常に予想して進行するのは運転者に無理を強いるもので、一回目の左足轢過は、同被告の不可抗力に近い事故であるということができる。しかし、二度目の轢過は、被告誠が、原告の状況を一瞥して後輪の下にあることからその状況をつぶさに確認することなく被告さぎりに後進を指示し、同被告もその状況を確認することなく、漫然と加害車両を後進させたため、再度原告の左足首を轢いたのであり、その過失に基づくことは明らかである。

4  他方、原告も、加害車両の進行中に揚棄の警告を無視して本件道路に進行しているのであり、このことが原因となつて、二度にわたつてその左足を轢かれたのであり、原告側の過失(原告の親権者の監督義務ないし指導義務違反)も本件事故の重大な原因となつているといわなければならない。

そして、原告が当時三歳の幼児であること、二度目の轢過自体については原告側に落ち度のないことを考慮し、被告さぎりの過失と原告側の過失の双方を対比して勘案すると、本件事故で原告の被つた損害については、その二割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

二  原告の損害額について

1  原告の傷害の程度

原告の損害額算定に当たり、原告の傷害の程度が共通して問題となるので、まず、この点を検討すると、甲二ないし五、一一、一三、一五、一六、原告法定代理人谷口昇本人によれば、

(1) 原告は、本件事故のため左足関節部内側の皮膚がめくれる等の傷害を受け、その治療のため、事故当日の平成元年八月八日から一〇月二八日まで城南病院に、また、同年一二月七日から平成四年一二月七日まで大和市立病院に通院した。その実通院日数は、城南病院が二五日、大和市立病院が五日である。

(2) 原告は、平成元年九月下旬に創傷は治癒したが、同年一二月に右傷害部分にかゆみを伴う肥厚性瘢痕が残り、ステロイド軟膏の塗布等の治療を受けたが、右瘢痕は消失せず、平成二年一〇月には九・五センチメートル×三・四センチメートル大の外傷性瘢痕拘縮が認められた。そして、原告の成長とともに、平成四年一二月には、これが一〇・五センチメートル×三・六センチメートル大に拡大し、その中央部四センチメートル×二・三センチメートル大の部分に肥厚性瘢痕がある状態となつた。

(3) 右部分には真の皮膚が無いことから、知覚・感覚過敏の症状を呈しやすく、現に原告は温度差に敏感で暑さ寒さのため痛むことがあり、また、拘縮性の肥厚部分は周囲の正常な部分と同じように成長しないことから、成長につれて何らかの運動機能障害が生じるおそれがある。もつとも、原告は元気に通学し、プールに入り、また、運動会にも出ている。

以上の事実が認められ、右事実によれば、原告には、後遺障害別等級表一四級五号(下肢の露出面に掌大の醜い跡を残すもの)の後遺障害があるものと認めるのが相当である。原告は、右醜状痕が一二級一四号に該当すると主張するが、同号は女子の容姿に関するものであり、また、皮膚が欠落し、肥厚部分もあるが、醜状部分の大きさ、程度からして一二級一四号に相当する後遺障害(同等級表備考六)とまでは認めるに至らず、これらは慰謝料で斟酌すれば足りるから、右主張に理由がない。なお、原告には肥厚部分に痒みや疼痛があり得るが、これは醜状痕と派生関係にあり、この点も慰謝料で斟酌すれば足りる。ちなみに、乙二によれば、自算会町田調査事務所は、平成二年一〇月九日に原告の右後遺障害を一四級五号と認定したことが認められる。

2  治療費関係

(1) 甲四、五、一三によれば、原告は、前示城南病院及び大和市立病院の治療費として合計一三万九七九〇円を要したことが認められる。

(2) 甲六ないし九、一三及び弁論の全趣旨によれば、原告の右通院のため、原告の父は八回、母は三回付添いをし、西村と称する者も付添いをしたこと、そのうち、原告は、父の四回分、母の二回分及び西村と称する者の付添いの費用として二二万八五七六円を被告らから填補を受けたこと、父の残りの四回分、母の一回分は、いずれも未填補であるが、有給休暇を利用して付添いをしていることが認められる。右填補分については被告らは特に争わないのでこれを本件事故と因果関係のある損害と認めるが、未填補分については、有給休暇を利用してのことでもあり、一日当たりの付添費を三〇〇〇円として五回分の合計一万五〇〇〇円を損害と認めるのが相当である。

(3) 甲一〇、一三及び弁論の全趣旨によれば、原告の前示通院付添いのため、一万九九六〇円の交通費を要したものと認められる。

3  将来治療費関係

甲一二、一五、原告法定代理人谷口昇本人によれば、原告の左足首に表皮移植手術をすれば、将来生じる可能性のある運動機能障害、知覚・感覚過敏及び拘縮性の肥厚のいずれもが解消ないし軽減するが、醜状自体はどの程度改善されるかの見通しは困難であること、原告の両親は、同手術をすることを望んでいること、手術は、原告が思春期になるまでに行うのが適当であり、手術そのものも一回では不十分で二回行わなければならない可能性があること、皮膚を採取した箇所には一度の手術では左足首の瘢痕の一・五倍の瘢痕が残り、ケロイド化する可能性があること、入院手術費用は、平成五年に実施するとして一回当たり一七〇万円ないし二三五万円と見込まれるが、正確な計算は実際に入院してからでないと不可能であることが認められる。

そうすると、将来において原告主張の手術を実施しても、左足首の醜状痕自体の改善の見通しはなく、また、再度、再々度の手術については、原告の両親が希望しているものの、手術に痛みを伴うものであり、かつ、皮膚の採取場所には少なくとも現在の一・五倍の瘢痕(場合によつてはケロイド化)が残ることから、本人の意思に委ねられるものであつて、将来実際に施行されるかどうかは必ずしも確定したものではない。また、その入院期間、費用額の見積もり、実施時期ともに極めて大まかなものであり、手術に伴う費用、慰謝料等の認定が困難であるのみならず、中間利息の控除等も行うことができない。これらの事情を考えると、右手術費用等は独立の損害項目として認めることは相当でなく、むしろこれらはすぐには回復を期待し得ない固定した後遺障害と認め、なお、将来手術すればその程度の費用を要すると見込まれるという不安感を抱かせるものとして、後記の慰謝料の算定に当たつて斟酌すべき事由として考慮するのが相当である。

4  逸失利益

前認定の左足首の瘢痕、拘縮性の肥厚、知覚・感覚過敏については、その部位や程度等から考えて、また、原告が現に元気に通学していることも参酌すると、これらによつて将来の労働能力に影響を与えるものであると認めるのは困難である。なお、肥厚部分の存在が原因で原告の成長につれて何らかの運動機能障害が生じるおそれがあるとしても、運動機能障害の内容、これが生ずる蓋然性ともに不明であつて、右おそれを理由に労働能力が喪失したと認めることもできない。右後遺障害の存在及び影響についても、後記慰謝料の算定に当たつて斟酌すべき事由とするのが相当であつて、独立に逸失利益を認めることはできない。

5  慰謝料

前示の通院の日数、治療の経過に鑑みれば、通院(傷害)慰謝料として六〇万円と認めるのが相当である。

また、前示後遺障害の部位、程度、内容、及び前示のとおり将来において手術費用を出費すべき不安感、逸失利益の生じる可能性等、本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、後遺症慰謝料としては三五〇万円が相当である。

6  以上合計 四五〇万三三二六円

三  損害の填補

前判示の過失相殺をした後の原告の損害額は三六〇万二六六〇円であるところ、原告が自賠責保険から三六万五四九六円の填補を受けたことは当事者に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、三二三万七一六四円となる。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金三五万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告らに対し、金三五八万七一六四円及びこれに対する本件事故の日である平成元年八月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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